走って、走って、走って。
汗はまだまだ出てきて服に張り付いてくる。
正直気持ち悪いが、そんなこと言っていられない。
息はうまくできてない。
足も自分の言うことをきかなくなり
スピードは確実に落ちてきている。
――早く、早く、早く…!!
そんなことを思いながらはひたすら
目の前に続く道を走っていた。
連絡が来たのは、ついさっき。
友達からで中身は少ないけど、濃かった。
内容は、一言
「彼が、飛び落ちた」
は最初にそのメールを見た時一瞬誰のことを言っているのかがわからなかった。だか、すぐに「彼」が誰のことを指しているのか理解でき、同時に全身から血の気が引いた。
そして、運ばれた病院の名前を聞き家を飛び出してきたのだった。
正直言って、別には「彼」と付き合っているわけではない。
単なる自分の片思いだ。
けれどその時はそのことを忘れひたすら病院へ向かっていたのだった。
病院に着くとの息は上がりきって肩が激しく上下していた。立っているだけで精いっぱいの状態で座り込みそうになったが、ロビーにいる「彼」の友達を見つけて駆け寄った。
友達はに気付き、目を大きくさせる。
「ちゃん!どうしてここに!?」
「ここ、に、山本君が、運ばれた、って…」
「と、とりあえず座って!」
尋常ではない汗の量をみて気を使ってくれたんだろう、そう言って彼の友達は近くの椅子に座らせてくれた。息はまだ上がってて、とてもえらい。だが、やっぱり気になるのは彼――山本君のこと。
彼の友達に目を向けるとその目線に気付いたのか
すぐに説明してくれた。
「今はベッドで休んでるよ。大丈夫、酷いけがは無かったって」
そう言ってにっこり笑うと急いできたんだね、と付け足した。
ゆっくり来るわけないじゃないか、とそう言いたかったがうまくしゃべれない。それに彼の顔を見て言えなかった。
少し、怒っていた。
「急いでくるのはわかるけど、途中で倒れたら危ないよ。
もう少し、自分にも気を使わなくちゃ」
ため息をつき隣に座る彼。
始めて彼に怒られた、と軽くショックを受けながら小さな声で
ごめん、沢田くん、と謝る。
しばらくして息も落ち着き、周りの様子を見てみたが、女子の割合が多かった。
十中八九、山本君のお見舞いだろう。
彼はファンが多い。部活をしている時の彼はとてもかっこいい。そこからファンになった人が多いんだろうが、は違った。
最初はなんとも思っていなかったがちょっとしたことで、彼に片思いするようになった。
「ちゃん」
じっと、こちらを見つめている沢田くんと目があった。
「303号室」
「え?」
「ちゃんの片思いの相手の病室。あってきたら?」
「え、寝てるんじゃなかったの…?」
「そんなこと、オレ言ってないよ?」
再びにっこり笑って沢田くんは言った。
「303号室。多分起きてるから、会ってきたら?」
**********
303号室。
それが、彼のいる病室だって、沢田君が教えてくれた。
沢田君は笑顔で一言、いってきなよ、って言ったけど、正直言って、自分が行ってもいいのか疑問だ。
彼と自分は知り合ってまだ日は浅いし、沢田君の紹介でお互いを知った。
だから、今、自分が行っても相手は喜ばないんじゃないか、とどうしてもマイナスの方向へ思考が進んでしまう。
でも、身体は正直で。
気付いたらは303号室のドアの前にいた。
(…。気付かないうちにここに来てるって…)
自分って、いろいろと重症…?
そんなことを真剣に考えつつ、ここまで来たのなら顔くらい出してもいいじゃないかと半分やけくそになりながらドアに手をかけた。
ドアが、なぜか重く感じた。
「し、失礼します…」
恐る恐るといった感じでドアを開いていく。
静かな空間に自分自身の声が響いたが彼の声までは響かなかった。
なぜか忍び足になりながらベッドのほうへ近づいていくと、聞こえてきたのは静かな、息。
「…あ、あれ?寝てる…?」
沢田君は起きてるって言ってたのに…!!
心の中で沢田君を軽く責めてから内心ほっとしている自分に気づく。
だって、起きていても、話続かないしね…。
(自分がたどたどしくなるからだけど…)
ちょっと残念に思いながらも彼の寝顔だけでも見て帰ろうと顔を覗き込んでみた。綺麗な顔には怪我はみえない。
また安心して、思わずホほっとする。
「よかった、顔には怪我ないんだ…」
近くにある椅子に座って続ける。
「せっかくの綺麗な顔が、台無しだもんね」
窓があいていて、そこからそよ風が入ってくる。
自分と彼の髪をなでで、風はどこかへ去っていく。
さっきまで走っていたせいか、汗で冷えてちょっと寒い。
もう、秋になるんだなぁ、と身体を丸めながら感じた。
静かに過ぎてゆく時間。
その中には、彼と自分だけ。
そんなことを思い、嬉しくなる。
*****
そろそろ帰ろうと思い、は席を立った。
ふと、今なら普段言えないことも言える気がして、彼のほうを向いてみる。まだ彼は寝ていて、とは反対方向に身体を向けている。
静かに、小さく、はつぶやく。
「…好きだよ、君のこと」
返事はない。
帰ろうとドアのほうへ行こうとしたら、
後ろが、暖かくなった。
「知ってる」
え…!?
ばっと後ろを振り向くと、そこには彼がいた。
の想い人、山本 武がいた。
「え、え!?ね、寝てたんじゃないの…?」
「さっき起きたよ」
「…さっきって、いつ…?」
「が“ よかった、顔には怪我ないんだ ”って言った時から」
それってずっと前じゃん!
そう突っ込んでから、そうなると自分のつぶやきは
全部聞こえていたことに気がつく。
そう認識してから、顔に熱がたまるのを感じた。
思わず、床を見つめる。
「なぁ、」
「な、なに…」
「おれも、って言ったら、どうする?」
「な、何に対して…?」
床を見つめたら、自分の靴と
山本君の履いているスリッパが見えた。
「さっきが言ったこと」
そう言ってから山本のスリッパが自分の靴の前に来る。
まだ、顔は熱い。
「」
「…何?」
「 、していいか?」
うまく最初の部分が聞き取れなかったけど
彼のスリッパがもっと近づいてきて。
顔は、強制的に上を向かされた。
あ、まだ、顔は熱いままなのに…。
山本は綺麗に笑ってから、かわいい、と呟いて。
自分の唇に、暖かいものが触れて。
後ろだけでなく、体全部が暖かくなった気がした。